「経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書」読んだ

ベストセラー『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の著者である山田真哉氏の「経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書」を読みました。

源平合戦の背景を、現代のTPP論争さながら、グローバリズム自由貿易派《平家》vsローカル国内派《源氏》として捉えていたところが、なかなか、面白かったです。

平安時代末期、日本の国は、通貨を、宋銭(中国の通貨)に頼っていたために、需要に供給が追いつかず、通貨価値が上昇(米などの現物価値が下落)し続けます。つまり、デフレです。
旧来の貴族・寺社・在園領主たちの持つ資産価値は下落し続け、一方、神戸に港を開き《宋銭輸入》を独占していた平家だけが大儲けで一人勝ち。
平家は旧来勢力の恨みを買っていることはわかっていましたが、なにしろ、日本は(信用力がないため)通貨発行権がなく、宋銭輸入の貿易船は季節風に頼っていたために、タイムリーに金融政策をとることができません。

おごる平氏久しからず、と言いますが、別に、平氏が皆の反感を買っていることを気にもしないで奢っていたわけではなかったようです。これは、彼らとて動かしがたい時代の流れだったのですね。

そんなとき、大飢饉が発生。
米不足となり、デフレが一気にハイパーインフレへ。
その結果、宋銭を大量保有していた平家一門は大打撃を受けることになるのです。
そして、経済政策に失敗した平家は、歴史の表舞台から消えていきます。

平家が滅亡したのは、直接的には源義経の天才的な軍事能力のためですが、既に平家の権力を支えてきた経済力は衰弱していたのです。

ここで、本著は終わっていますが、私が学校で習った歴史を思い出しつつ。

平安時代は、国が土地を農民に均等に分け与えるという社会主義国家でした(かなり、ほころんでいましたが)。また、軍隊を解散し、国内治安義務を放棄していました。まるで、かつての日本社会党の政策のようですね。
そんななか、平安末期になるころには、農民は、自らの土地を守るために武装し、武士が生まれていました。また、農民は、自ら開拓すれば自らの所有地となるという、頑張れば報われる政策を求めて、武家政権樹立を支持しました。鎌倉時代とは、非武装社会主義国家から自由主義国家への生まれ変わりでした。

ただ、鎌倉幕府の本質は、先に書いたように平家の目指したような重商主義ではなく、重農主義国家だったのです。商業軽視の結果、通商を求めてきた元(モンゴル帝国)と軋轢をおこし、戦争で疲弊します。そして、楠木正成ら関西方面の武士の反乱を抑えることができず、倒れてしまいます。楠木正成らは、現在の言葉で言えば、流通業者であり、鎌倉幕府の商業軽視の政策に大きな不満を持っていたのでした。

逆に、室町幕府は、幕府の屋台骨を、農業というより商業中心で支えようとする、《時代に早すぎた》システムを採用します。しかし、まだまだ商業には、国を支える力はありませんでした。足利将軍家の石高(知行国)が少なすぎたため、権力基盤が弱く、やがて戦国時代を迎えてしまいます。

《経済の進歩》に合わせた《国の統治の仕組み》づくり。時代に早すぎても遅すぎても、うまくいかないようです。平清盛は、早すぎた改革者という評価が妥当なのではないでしょうか。

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