「日本は世界5位の農業大国」読んだ

この本を読んで「自由貿易は大切、だけど、農業は別。食糧安保のこともあるし。」と漠然と考えていた私の目から鱗が落ちました。TPPを語るなら、まず、「日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 (講談社プラスアルファ新書)」を読むことをお薦めします。

筆者は、月刊「農業経営者」副編集長という浅川芳裕氏です。

日本の農業を、保護する理由としてあげられるのは「先進国最低レベルの食糧自給率」「後継者不足」「耕作放棄地の増加」といった情報です。筆者は、これらの情報操作のからくりを次々と論破していきます。

まず、「先進国最低レベルの食糧自給率」から。

国際連合食糧農業機関の2005年発表によると、日本の農業の国内生産額は826ドルで、中国、アメリカ、インド、ブラジルといった堂々たる農業大国に混じって、世界第5位。農産物輸出大国ロシアやオーストラリアのそれぞれ3倍にもなります。ネギの生産量は世界一であり、ほうれん草は3位、ミカン類は4位、キャベツは5位、イチゴ、キュウリは6位、と生産量が世界トップレベルのものが、結構、多いのです。

そして、生産額ベースの自給率は66%で、先進国の中で3位になります(1位のアメリカと2位のフランスは、輸出超過のため100%を超えています)。さらに農業生産額に占める国内販売額シェアは1位となり、先進国中で輸入依存度が最も低いのです。

えっ?じゃ、先進国中で最低といわれる食糧自給率41%って、どういうこと?
それは、カロリーベースの食糧自給率のことです。カロリーベースといわれると、一見、食糧安保などを考えるときに実用的なような気がしますが、そこが情報操作のミソとなっています。

例えば、とんかつなどの揚げ物に使う(原料輸入)油は、使用後に、ほとんどが廃棄されますが、全てが自給率計算にカウントされます。もちろん、高カロリーです。これは、実質的には必要摂取カロリーとは乖離した数字です。
牛乳は、「100%国内産である」とテレビCMでも流れていますが、餌の穀物がほぼ輸入品であるために、自給率の計算上は0%となっています。
一方、野菜の重量換算の自給率は80%を超えていますが、野菜はカロリーが低いため、全供給量に占める摂取カロリー計算では1%しかカウントされないのです。

賢明な日本農家は、外国に汎用コモディティ品を作らせ、下請けとして使い、自国では高付加価値品への転換に成功しています。工業のものづくりで課題とされていることを、農業では成功しているのです。(儲からない)高カロリー農産物から、(付加価値の高い)低カロリー農産物へ、生産をシフトし続けています。その結果として、自然と、カロリー計算上の自給率は下がるのです。そして、その計算上のカロリーは、国民の必要摂取カロリーとは、ほとんど無関係の数字です。

次に農業弱体化の論拠とされる「後継者不足」の問題です。

日本のカロリーベースの自給率は、1960年には79%でしたが、2005年には40%に半減しています。しかし、このからくりは先述のとおり。生産量でいうと、1960年の4700万トンから2005年の5000万トンへ着実に増えています。農業人口が減っているのに、生産量が増えたわけ、それは、農業者一人あたりの生産性が向上したからです。(問題のある)カロリー計算上でも、1960年には農業者一人が働いて、たった7人分のカロリーしか提供できませんでしたが、2005年には30人分のカロリーを生産しています。
(著者は、世界全体で見ても、人口増加をはるかに上回るスピードで、生産性向上がなされており、食糧不足など杞憂であると書いています。)

つまり、農業人口減少という事象は、単に労働力依存の農業から脱却し続けていることの結果だということなのです。まあ、私みたいな素人が普通に考えても、豊かになっていくにつれてエンゲル係数が下がるのだから、GDPに占める農業生産額の割合が下がるのは当然だし、となると、農業人口は減るのは当然です。

ということで、筆者は「日本の農家が多すぎる」と書きます。
先進国で、農家が人口に占める割合で見ると、英米独などは1%未満。一方の日本は1.6%。
その内訳を見ると、売り上げ額1000万円以上(農家全体の7%)の農家が、全農産物の6割を生産しています。

こうした、両親が一定の成功を収めている専業農家では、他業種で経験を積むなどして、実家の農場価値を見直した若い世代が、次々と新規参入をしてきていると書きます。こうした意欲に燃えた若い世代にとって、意欲をなくした農家が耕作地を手放すことは、事業拡大のチャンスなのです。こうした世代は、海外進出にも意欲的であると、いろんな実例をあげています。
じゃあ、残りの9割以上の農家は、何をしているのか。それらの農家の多くは人口統計上は大きなウエイトを占めますが、実際の生計は、あまり農業に依存していません。
「農業従事者の60%が65歳以上で後継者不足」といわれますが、そもそも、後継者を必要としていない農家だということです。
というのは、その7割を占めるのが、サラリーマン兼「週末農家」だった人たちが、定年を迎えたもの。
また、1割は在職中は農業をしていなかったものの定年後、実家の農業を始めたもの。

これらの農家は、全体の5%程度の生産しかしておらず、消費者から見た食糧政策上は、ほとんど影響を与えていないのです。大半は「事業者として生産活動をしている」わけではなく「農家という暮らし方を楽しんでいる」人たちだと書いています。

私なりにまとめると、

(1)農業も、他の業界と同じで、「自らの創意工夫が生かされる自由」を望む成長志向の意欲的な人たちが、日本の農業生産の大部分を支えている(人数的には少数)。

(2)後継者がいない農家は、それほど農業生産に貢献していない。放っておけば後継者不足で自然消滅するために雇用政策上の問題も生まれないので、対策をする必要がない。

(3)食糧不足どころか、過剰供給が問題であり、保護政策が市場を歪めている。全体から見れば、生産性の低い農家は退場したほうが良い。

(4)「政治や行政に泣きつくことに熱心で、規制と補助金で守ってくれる」ことを望む農協や農林省関係の業界関係者が一生懸命に、農業保護を訴えている。

これ以上は、本著を読んでください。

民主党の所得保障政策が、いかにひどい政策か、ぼろくそに書かれています。

50年前、「自由化すれば、日本の自動車産業は壊滅する」と国論が二分されました。しかし、自由化の結果はどうだったでしょう。日本人の物づくり精神は、工業であろうが農業であろうが、同じこと。工業であったことが、農業でもあるのではないでしょうか。

広告

タグ:

カテゴリー: 読んでみた!

connect

RSS フィードやソーシャルアカウントをフォローして更新を受け取りませんか。