ももクロに戦争を聞いてみた、らしい

今日の日経新聞1面にも取り上げられていましたが、社会学者の古市憲寿が、新刊「誰も戦争を教えてくれなかった」のなかで、ももいろクローバーZに第二次世界大戦に関する知識をチェックした内容が話題となっています。特に、終戦の日を「1038年11月」と答えてみたり、珍答案の数々から、歴史教育についての批判を巻き起こしています。まあ、年号には苦笑するしかないけど、歴史観については、私が未成年の頃のことを思い出すと、「こんなものじゃないか」と思いますね。これについて、右陣営からの批判も、左陣営からの批評も、されているけど、どうも賛同できないので、思うところを書いてみます。

「いくら被害がちっちゃくなるとはいえ、誰かは死んだり、自然が破壊されちゃうんでしょ」(高城)

「だけど昔みたいなのもちょっと。徴兵制みたいな紙が家に来ても困るよね。自分の命も大切に思ったほうがいいと思う」(玉井)

「パパにも戦いに行って欲しくないと思っちゃう」「戦争するメリットが、あんまりピンとこない。デメリットばっかり出てきちゃう」(佐々木)

「日本が強くて、島をどんどん拡げようとしてたから、アメリカがそんな自分勝手なことするなって言って、戦争勃発みたいな感じじゃなかったっけ?」(高城)

「まじで!? これ全部?」(百田)

「そりゃ、もっともっとってなるね」(玉井)

これって、ごく普通の常識的な回答だと思います。歴史についての勉強が不足しているとかいう人もいますが、日本史で高得点をとって東京大学に入ったような人であっても、とんでもない歴史観を恥ずかしくもなく曝け出しているケースはいくらでもありますからね。

ももクロの場合には、誘導された質問に対して、質問者が期待してそうな回答をしているようで、そういう意味では、対応能力の高さを披露したと思います。ダメなのは、誘導質問をしたほうです。

例えば、仮に、こういう質問だったら、どうでしょうか。

「昭和のはじめに世界大恐慌が起こって、それまで、世界の多くの国では自由貿易をしてきたけど、どこの国も自分の国を守るために他の国にモノを売らないことにしたんだ(ブロック経済と言うよ)。それはどんどんエスカレートしていき、最後には石油も売ってくれなくなった。資源のない日本の国は大きな打撃を受けて、このまま放置すると、国民の半数近くが餓死するのが避けられなくなってしまった。キミが総理大臣ならどうする?」

話が大きすぎるなら、もっと身近な説明で

「打撃を受けた東北の農家では蓄えの米どころか、ヒエ、アワも を食い尽くし、ドングリを食べるようになり、生活費の足しに、君たちと同じ年頃の娘さんも売春宿に身売りされた例も多くあるよ。そういう状況なら、どうする?」

ももクロの皆も、自分が売春宿に売られるかもしれないという状況をシュミレーションすれば、同じ感想ではいられないでしょう。

いうまでもなく、戦争を望む人なんて、ほとんどいません。
対米強硬派で開戦時の総理大臣であった東条英機も、昭和天皇から伝えられた「戦争はどうしても避けるように」という意思を実現しようと最後まで努力し、その不可能に至って、皇居に向かって号泣しながら天皇に詫びたことが伝えられています。

私は、戦争は避けることができたという意見です。しかし、それは、あとから歴史を振り返ってわかることで、情報不足の当時の人たちにそれを求めるのは酷なのかもしれません。

平和をもたらすのは、「観念的信念」ではなく、「状況対応能力の高さ」です。あの戦争が引き起こされたのは、当時の政府が好戦的だったからではなく、観念論が跋扈して状況対応能力の柔軟性を失っていたからではないでしょうか。

10年以上も前、私は、パソコンのシュミレーションゲーム「提督の決断」シリーズを、散々にやり倒しました。そして、当時の日米の力差を嫌というほど、思い知らされました。たかが、ゲームというかもしれませんが、自分で工夫をこらし、あらゆる手を使ってシュミレーションをしみるということは、観念的に考えるよりも、よっぽど、役に立つと思います。こういう問題は、観念的に考えていくと、神学論争に行き着いてしまい、両論の対立点が埋まらず、けっして解決に結びついていかないと思います。
正直、学校での歴史教育なんて、基礎的知識を身に付けるためには必要かと思いますが、歴史観を養うとは、到底思えません。

歴史から学ぶことの一つは、経済と平和は密接な関係にあること、自由貿易は平和を守る保証となること、などがあります。それを考えると、絶対平和を唱える人が、経済成長を軽視したり、その一方で目先の小さな経済利益にこだわって、TPPに反対したり、しているのを見ると、うんざりします。多分、そういう人の中では、「平和は観念的なこと」「経済は現実的なこと」と、分裂しているんじゃないかッて思います。

絶対反戦派が根本的に間違っているのは、「権力者や金持ちが戦争を引き起こし、庶民を苦しめた」みたいな歴史観です。こういうふうに歴史を捉えている限り、何も反省できず、過ちは延々と繰り返されてしまいます。
戦争を引き起こすのは、どん底に苦しみ「これ以上悪くなりようがない。今の膠着状況をぶち壊したい」という底辺の人たちの鬱積したエネルギーであり、成功者であるももクロが「戦争するメリットが、あんまりピンとこない。デメリットばっかり出てきちゃう」と感想を述べるのも、まったく真っ当な考えだと思うんです。

最後に、ももクロが何故、オヤジに支持されているのか、引用しておきます。

自分自身、高校生の女の子のファンになっちゃうなんて意外でしたし、他のオヤジファンたちも「こんなはずではなかったのに」とおろおろしているようですが、僕が思うに、ももクロのオヤジファンというのは、彼女たちの中に、自分たちが失ってしまったものを見出しているのでしょう。「もう自分には戻ってこない青春」ですね。高校野球を見るときと同じです。そして、彼女たちの全力投球ぶりを見ているうち、実際は彼女たちは決してそんなことは言わないだろうけど、「おじさんたち、ちゃんと生きてる?」と問いかけられているような気さえして、反省したり、奮い立ってしまう。人生観が変わるんですね。

今は経済にしても何にしても、いろいろ厳しい時代で、希望を持ちにくい。けれども、ももクロのパフォーマンスには、ともかく自分が全力を尽くす、そして結果ではなく、全力を尽くすこと自体を楽しめばいいんだ、というメッセージがある。これは大人だからこそ、強く感じるのかもしれません。
(「ももクロ」がオヤジたちの人生を変える理由――劇作家・鈴木聡インタビュー)

右翼の人も、左翼の人も、観念的論争が大好きですけど、そんなことをいくらやっていても平和は実現しない。というか、いい加減、うんざり…それが今の政治不信の背景。

ももクロに勇気をもらって、「ああ、明日もがんばろう」と思うことのほうが、よっぽど平和につながると思います。繰り返しますけど、戦争を引き起こすのは「日常への絶望」ですから。

だけど何のために、人は働くの?
人に使われたら 負けなんじゃないか?

難しいことは掘り下げないとさ、
わっかんないんだけどね
ああ、お仕事ForYou 誰かが絶対に
喜んでくれるじゃない?

働くと
働くと
君に会う時うれしいし
働くと
働くと
君の笑顔が見れるし
ただじっと手を見ていたんじゃ
一握の砂もこぼれる

働こう
働こう
ビッカビカに輝け!
働こう
働こう
必ず
誰かが
助かってくれてる
それがプライド

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カテゴリー: 考えてみた!

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