薬師丸ひろ子と小泉今日子の時代

あまちゃんの影響で、「薬師丸ひろ子は歌が下手」と思っている人も多いとか。とりあえず、下の動画を聴きながら、以下、読んでみてください。

うさみ のりやさんのブログで「薬師丸ひろ子に萌えた 」「小泉今日子に萌えた」という投稿を読んで、そこで貼られているYouTubeの歌を聴いて、気持ちが30年前にタイムスリップしてしまいました。次の日は、頭のなかが歌が駆け巡ってどうにもなりません。

それはともかく、過去のダイジェストを観ても、当時の空気とか、わからないと思いますので、男子学生ど真ん中だった者として、書き記しておきたいと思います。

山口百恵ら土着系のアイドルのあと、鮮烈に出てきたのが松田聖子でした。ぶりっ子ファッション、鼻につきすぎる甘えたトーク、男を翻弄するアイドルの登場は、薄幸だったり、過弱かったり、という「守ってあげたい存在」というアイドルのイメージを大きく変えました。一方、対抗するように、土着系の雰囲気を引きずって出てきたのが中森明菜。この二人が、しばらくヒットチャートのトップ争いをしていましたが、メジャーすぎて男子学生が応援するキャラという感じではありませんでした。

そして、松田聖子二世であるかのように、次々と、ぶりっ子ファッションでアイドルが出てきました。ここからが、アイドル全盛時代だったと思います。そのなかで、ダントツに可愛くて、ダントツに歌が下手なのが、小泉今日子でした(だんだんと歌は上手になってきたけど)。それまではいなかった、都会的なポップなアイドルでした。それまでのアイドルは「男優位社会の女性像」を体現しているような感じがして、違和感というか、世代ギャップみたいなモノを感じていました。でも、新しい感性を持ったアイドルの登場で、やっと私たちの時代のアイドルが出てきたというような感じがしました。特に、明るくて、生意気で、でも嫌味がなくて皆から好かれる、そんなアイドルでした。当時は、アイドルの必須則であった聖子ちゃんカットを事務所に無断で切ってしまったり(あまちゃんで、荒巻が若き日の春子に「まだ聖子ちゃんカットをしているの?」と言ったのは、とても皮肉です)、「なんてったってアイドル」と自らアイドルであることを茶化したり、自分のことを「小泉」と苗字で呼ぶとか、作られたアイドルではなく自分をプロデュースするアイドルの登場でした。
この時代の特徴は、竹の子のようにアイドルが次々に出てきたことです。アイドル同士が仲良しという雰囲気を醸し出していて、ほんわかした時代でした。そういう意味で、80年代アイドルを代表するのは、菊池桃子ではないかというような感じがします。

 しかし、バブルが始まりだすと、なんでもありの時代に入っていきます。セクシードラマでデビューした中山美穂が人気沸騰し、過激ソングのおニャン子クラブ、バラドルの誕生、など、ほんわかアイドルの時代は色褪せていきます。アイドル全盛の時代は、ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代と重なっていて、バブル崩壊とともに、アイドルブームは急激に終わります。前投稿「尾崎豊世代から、でんぱ組.inc」にも少し書きましたが、内向きの流行歌の時代に入ってしまったのです。それ以降に流行歌をリードした女性たちは・・・ミュージシャン、ファッションリーダーではあっても、男子学生が推すアイドルではありません。

一方、薬師丸ひろ子は、映画に出る女優でしたが、学業優先ということで、テレビはほとんどでませんでした。映画の主題歌も歌い、大ヒットしていましたが、歌番組にも出てきませんでした。彼女の高校卒業までは「動く薬師丸ひろ子を見れるのは映画館だけ」という状況でした。テレビに本格的に出だしたのは、大学卒業以降だと思います。「映画俳優だけど芸能人」ではない、というイメージを持っていました。彼女の熱烈なファンは多かったと思いますが、多分、私達の年代からファン層は、それほど幅は広くなかったと思います。というのは、当時は、今と違って家族全員でお茶の間で歌番組を楽しむ時代でした。テレビに頻繁に出るアイドルは、幼児でさえ認知されます。そんな中、映画のみの女優はそうではない。小学生でさえ、彼女が、高校生、大学生らに絶大な人気を持っていたことを知らなかったのではないでしょうか。

薬師丸ひろ子には、有名なエピソードがあります。
彼女の最初の主演作「セーラー服と機関銃」には、当初、(当時はそれほど売れていなかった)来生たかおが主題歌を歌う予定でした。姉の来生えつこ(すでに作詞家として売れ始めていた)の作詞、来生たかおの作曲で、レコーディングも済ませていたそうです。けれども、薬師丸ひろ子が、歌が上手であるということがわかり、監督のゴリ押し気味で、急きょ、薬師丸ひろ子が歌うことになりました。これが、あまちゃんの鈴鹿ひろ美のモデルとなっています。あまちゃんでは、鈴鹿ひろ美は音痴だから影武者が生まれたというストーリーになっていますが、実話では、薬師丸ひろ子が予想外に歌が上手だったため、もともと予定されていた来生たかおは、ただの楽曲提供者になってしまったのです。

ただ、来生たかおには、この歌の大ヒットで、次々に作曲の依頼が舞い込みました。彼の作った曲は、アイドルブームを加速させていきます。

もう一つ。薬師丸ひろ子は、学業優先という方針のため、歌番組はほとんど出ませんでした。大ヒット曲「セーラー服と機関銃」は、NHK紅白に選ばれますが、彼女は出演せず、代役が歌うという異例の出来事もありました。ですから、薬師丸ひろ子が歌っている映像は、当時は観ることがなかったのです。考えすぎると「歌が上手だけど、本当に本人が歌っているのか?」ということになります。

私達の世代ではみんな知っているようなエピソードですが、そういうことを知っていると、あまちゃんのストーリーには「にやり」とします。まして、薬師丸ひろ子の影武者が、(デビュー当時は)音痴アイドルだった小泉今日子だとしたら、なおさら。

ということで、終わり。
このあとは、うさみ のりやさんのブログ記事「薬師丸ひろ子に萌えた 」「小泉今日子に萌えた」へどうぞ!特に、小泉今日子の歌がめきめき上手になっていくのがわかって興味深かったです。

それと、中学生の頃、薬師丸ひろ子が出た資生堂のCMを。私の記憶では、映画のCMを除けば、これが最初のテレビ登場だったと思います。薬師丸ひろ子のスタートのイメージがわかると思います。最近は、アイドルも多様化していますが、逆に、薬師丸ひろ子のような「放課後に図書館で読書をしているような少女」アイドルは、出てきそうもなくなってしまいました。

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カテゴリー: いろいろしてみた!

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