元・児童相談所ワーカが観た「明日、ママがいない」(2)

日本テレビのドラマ「明日、ママがいない」について、前回は総論を書いたので、今回は各論を書きます。前回の放送(第2回)では、次のようなストーリーがありました。施設に、ギャンブル依存症の実母による放置的虐待を受けた男の子がいます。パチンコをもじって、パチというあだ名がついています。パチは、ママの匂いがすると言って、いつも、特定のシャンプーを持ち歩いています。さて、パチは、週末に里親候補の夫妻のもとに「お試し宿泊」に行きます。里親候補の妻は、パチが実母による虐待経験があることを知り、私が愛情を持って乗り越えさせる、と意気込み、「過去から決別しなきゃ」と、シャンプーを捨ててしまいます。しかし、そのことから、パチの精神が不安定になってしまいます。脱水症状を起こし、でも里親候補夫妻は、そのことを対外的に隠し、と、結局、虐待実母と同じ失敗を再現してしまうのです。

と、まあ、こんな筋書きですが、子役の俳優たちによる心理描写表現が素晴らしいです。

この、正義感が強い里親候補の妻と同じ失敗は、おそらく、ほとんどの児童福祉関係者は経験しているのではないでしょうか。
そして、無意識下で、この筋書きに、面白くなさを感じているのではないでしょうか。

一般家庭の子供なら、親から愛情を受けていることに自信を持ったあとは、自立したがります。
しかし、親から愛されているという安心が得られない子供、実母の愛情に恵まれない幼児の、実母の愛情を求める気持ちは、想像を超えます。

一方、児童福祉関係者(ワーカー、施設職員、等々)は、「早く、実母から離して、新しい環境へ移し、記憶を一新させることが、この子のためだ」と信じ、そのとおりに行動します。しかし、それをすればするほど、子供は、実母から引き離されようとしているという危機を感じて、頑なになってしまいます。

私は、かつて、暴力を繰り返す親から、子供を引き離して保護したことがあります。このままでは、子供の命の危険があると。親は子供を取り返しにやってきました。私達児童相談所の職員は、身を体して、親の実力行使を阻みましたが、あろうことか、子ども自身が人垣をかいくぐって、虐待親の元へ駆け寄って、その背中にしがみついたのです。子供は、たとえ、自分が親の手で命が奪われることがあったとしても、親と一緒にいることを望んだのです。これは、大人の合理的判断を超越しています。

幼い子供にとっては、実母が世界の全てです。
実母から引き離されることは、世界の破滅なのです。

子供の気持ちと大人の願いが引き裂かれ、大人の正義感が強ければ強いほど、子供の実母への執着が理解不能となってしまいます。大人が敷いてあげたいと考える「幸せのレール」と、子供が、その時期に望んでいることは違うのです。

大人の正義感とか、義憤とか、そういったものは、不要どころか有害なことが多いです。
子供は正義よりも、義憤を晴らすよりも、愛情がほしいのです。愛情の対象が、親として立派なのか、どうしようもない親なのか、そういうことを計算しているわけではないのです。

「いかに子供が泣き叫ぼうが、大人の敷いたレールに乗せることが、長い目で見れば子供のためなんだ」
こういう考えが正しいのか間違っているのか、私にはわかりません。
ただ、悪い実親から、新しい義親に、簡単に乗り換えられるほど、子供の心は合理的ではないと思います。

子供を虐待する親は悪いやつ、子供を身体的精神的虐待から守る私達は正義の味方。
児童福祉の現場では、そういう善悪二元論は無残にも打ち砕かれます。
いかに子供が泣き叫ぼうが、実母から引き離し、新しい環境へ移すことが、この子のためなんだ。そのように考えようとすればするほど、これで正しいのだろうか、という疑いが、頭のなかで膨らんできます。

この子のために、どちらの道を選べばいいのか、それは個々のケースバイケースの判断ですが、どちらを選ぼうと、これでいいのだろうか、という思いが消えることはありません。ただ、取るべき行動の一端は、ポストと呼ばれる(芦田愛菜演ずる)子が示してくれたようにも思います。

第2回の放送内容は、いろいろと考えさせられる素晴らしい内容でした。なぜ、この番組が放送中止されなければならないのか、理解できません。

子供が傷つくから?子供が傷つくことをひたすら避けることだけが子供のためなのですか。このドラマを観た人が全て、子どもたちを傷つけようとしていて、そこから自分たちは守らなければならないとでも思っているのでしょうか。確かに、ドラマに便乗して子どもたちに心ない言葉をかける人も出てくるでしょう。でも、大多数はそうではないと思います。一般視聴者は、そこまでバカではありません。圧力をかけて隠してしまうより、日本人の善意を信じて、社会全体で、みんなで、考える機会にしたほうがずっと良くはないですか。

私は、児童福祉関係者による今回の放送中止要請は、正義の空回りになっているように思うのです。

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カテゴリー: 考えてみた!

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